家族旅行と歴史の人生放浪記@白桔梗

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zoom RSS 白桔梗の佐渡島の思い出

<<   作成日時 : 2015/11/21 18:41   >>

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画像は、佐渡島の海。
残念ながら、白桔梗自前のものではありません。
個人的にはお馴染みの「写真素材 足成」から拝借したものです…

僕はこれまで、一度だけ佐渡島に渡ったことがあります。
何となく思い出したので、ついでに少々思い出を綴っておきたいと思います。


佐渡島に出かけた背景


佐渡島には、どうやら白桔梗父の親類がいるらしいです。父の母方の実家だったかと思います。なので、全く縁もゆかりもない場所…というわけではなかったようです。とはいえ、行き来するほど親密でもなかったみたいですが。

ウチの親父は戦時中、短い期間だったそうですがこの佐渡島に疎開していたことがあるらしいです。なので、親父にも多少なりとも記憶のある場所なのでしょう。父は下町住まいだったので、本土空襲に備えて予め出て行ったのでしょうか。

父がどのくらいまで佐渡にいたのかは不明です(聞けよ)。が、それなりに馴染みのある場所だったようで。そのせいか、佐渡島に旅行したときは、他の旅行ではないくらい気合いの入ったものでした。


僕が家族で佐渡に出かけたのは、中学2年生の頃です。なので、もう軽く30年くらい前のことになります。さすがに旅の記憶そのものは薄いですが、いくつかの出来事は印象が深かったのか、覚えていたりもします。ちなみに出かけたのは、夏休みシーズンでした。

さあ、気の向くままに思い起こしてみようと思います。

佐渡へ渡るまでのこと


我が家は東京都下住まいだったので、自家用車で新潟まで出かけることになります。関越自動車道を只管北上して、このとき初めて「関越トンネル」を体験したことになります…たぶん。

途中、月夜野あたりだったかと思います。夜も更けていましたが、お腹が空いたのでPAに立ち寄ってラーメンを食べました。これといって特別なんてことないですが、やけに美味しかったのを覚えています。

そして、最も印象深かったのが、ここで体験した人生初のカーフェリー乗船。乗ったのは「おおさど丸」で、新潟港から両津港間を往復しました。調べてみたら、この「おおさど丸」就航が1988年。多分僕はその年に乗っています。10000トン級とありましたから、かなり大きなフェリーだったのでしょう。そうか、僕は最新鋭のカーフェリーに乗ったのか。人生で最も大きな船舶に乗った体験であることは、間違いないでしょう。

新潟港には、夜中に到着しました。確か丑三つ時でしたが、フェリーに乗るためのクルマがビッシリ並んでいました。港は照明でかなり明るく、夜中とは思えない人出でした。乗るフェリー「おおさど丸」が就航したてだったのなら、それくらい混雑していても不思議はないですね。親が乗船の手続きをしている間暇だったことを覚えています。

そして乗船。もちろんクルマごと乗り込むわけですが、とっても狭い間隔なのにクルマ同士がぶつかることなく、ぴっちりとコンテナいっぱいに収められていく過程に驚きました。その後皆クルマを降りて、船内へ移動するわけです。

甲板というかデッキというかよく知りませんが、構造物の外に出ると気持ちよかったです。思えば、フネらしいフネなんて乗るのがこのとき初めてだったかもしれません。ボートとか遊覧船、クルーザーくらいしか乗ったことがありませんでしたから。おそらくかなりテンションが上がっていたのでしょう。

休憩したり仮眠を取ったりするのは、船内にあった大広間のようなスペースでした。寝っ転がってマンガを読んでいたり、寝てみたり。乗客たちが思い思いに過ごしていた風景はボンヤリですが覚えています。というか、何故か船内での記憶がこれくらいしかないのです。寝ていたのかな?

そして夜明け、6時くらいには佐渡島の両津港に到着。名前から「こち亀」の両さんを思い出したので、間違いなくここへ到着しています。そして下船後、港側のお店で朝食を取りました。このとき、初めてサザエのつぼ焼きを食べました。他にトースト。これは覚えています。


佐渡島で出かけた場所


生憎、宿泊にかんしてはほぼ記憶がありません。旅館だったと思いますが、宿泊中に地元名物「佐渡おけさ」を観たことだけは覚えています。結構大き目なホールを有していたくらいですから、それなりの規模の宿泊施設を利用したと思われます。

記憶があいまいですが、佐渡に着いてから父の親類に会いに立ち寄ったかと思われます。相川もしくは真野あたりが親父の本拠だったようです。また、小木・相川・両津・真野あたりは通っていますし、どうせウチの親父のことだから島を一周したのではないでしょうか。

時系列は無視して(というかそこまで覚えていない)、出かけた覚えのある場所を述べていこうと思います。


・佐渡金山
何か結構坑道の奥の方まで見学できたように記憶しています。フィギュアなどを配置して、昔の作業風景を再現していたり。金山という割に、あまり山がちの場所ではなかったような。

また、近隣の川でこの金山に因んだ「砂金すくい」なるアトラクションがありました。僕は妹と川でバシャバシャやりつつ砂金すくいを堪能した模様。

・山へドライブ
木があまり生い茂っていない、山(どれかは不明)をドライブしました。途中、「牛糞スリップ注意」の看板がとても印象に残りました。また、実際道路を牛がふさいだことなども覚えています。

・海女さん体験
といっても、僕がやったのは海女さんが使用するタライ舟を操縦したことだけです。妹と一緒にチャレンジしましたが、見た目以上に操縦がむつかしく、まっすぐ進めなかったし転覆しかけるし。なかなか楽しい体験をしました。

・トキ見学
当時、全滅スレスレだったのではないでしょうか。トキを保護飼育している場所を訪れました。当時「北斗の拳」アニメ版(確か「2」放映中だったかと)をお好みだった僕は、「トキ… 兄さん…」とばかりつぶやいていたのは間違いありません。確かトキは、2羽くらいしか残っていなかったんじゃないかと。


遠い昔のことで、今や写真すら残っていないので書けることはこんなものです。クッソ、今だったらもうちょっと情報および画像くらいは持ち帰ることができたのにな。

帰路はもちろん両津港から出港したわけですが、僕は船の後方に立ち、離れて小さくなっていく港をいつまでも眺めていたのを覚えています。どこかに出征する気分にでも浸りたかったのでしょうか。


思い出を掘り起こしてみて


以上が、今捻りだしてみた僕と佐渡島との思い出です。
思えば日本海側を旅したのって、この佐渡旅行と福島旅行くらいしかないんです。日本海の荒波を体験した、数少ない思い出ということです。

もう30年近く前のことです。中2ということは、1988年ですか。我が家的にはバブル真っただ中という時代ですね。この佐渡旅行は、我が家の家族旅行においておそらく最も壮大で豪華なプランだったと思います。それもこの時代のことと思えば納得です。どうせなら海外に行ってみたかったんですけどね。

この年は、この佐渡への旅と屋形船と大トロ初体験と、バブルっぽい思い出が多いです。佐渡旅行を思い出してみて、そんな余計なことまで思い出しました。まあ、思ったよりも多く記憶していたのは嬉しいですね。

ちなみに、佐渡を出る前に海産物を大量に注文していったのを思い出しました。ぶっといカニの脚とかでっかいスルメとか。冷凍モノばかりでしたが、注文して自宅へ送ったモノのほとんどは、我が家で消費したのではないでしょうか。ウチの母親が目の色変えて物色していたので、相当美味しそうなものだったのでしょう。

今度親父に会った時にでも、もうちょっと佐渡の話でも聞いておこうかな。親父ももう古希を過ぎ、いつまで生きているかわかりませんし。まあ我が家は母方の祖父以外は全員長生きしていますから、親父も糖尿ではありますがそれなりに長生きするんじゃないですかね。まあ、そのうち実家に行きましょうか。




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